あなたは、壮大な明石海峡大橋がどのようにして現在の姿を持つに至ったのか、考えたことはありますか?
この橋は、美しい夜景とともに人々の心をつかみ、神戸市と淡路島を結ぶ重要な交通路として機能しています。
しかし、その建設の背後には、想像を超える試練が待ち受けていました。
1995年に発生した兵庫県南部地震、通称阪神・淡路大震災。
その強烈な揺れは、完成間近の明石海峡大橋に思わぬ影響を及ぼしました。
地震によって橋の基礎が変形し、なんと全長が伸びてしまったのです。
果たして、どのようにしてこの困難を乗り越え、橋は無事に完成を迎えたのでしょうか。さあ、その壮絶な物語に迫ってみましょう。
明石海峡大橋の基本情報
明石海峡大橋は、神戸市と淡路島を結ぶ壮大な橋で、1998年(平成10年)4月に完成しました。
この橋は、夜になると美しい照明でライトアップされ、下の海面を照らし出します。
緑やピンクなど、さまざまな色に輝くその景色は、訪れる人々に感動を与えます。
全長3911.1メートルのこの橋は、特にメインケープルを支(ささ)える主塔(しゅとう)間の距離が1991メートルで、2023年(令和5年)現在、世界で2番目に長い吊り橋として知られています(イタリアのメッシーナ海峡大橋が完成すれば3位に降格します)。
明石海峡大橋基本情報
海峡幅 | 約4km |
最大水深 | 約110m |
基礎周辺の最大潮流速 | 約9ノット(4.5m/s) |
橋長 | 3,911m |
支間割 | 960m+1,991m+960m |
設計基準風速 | 補剛桁60m/s塔67m/s |
中央径間中央での路面高さ | 海面上約97m |
航路高 | 海面上約65m |
上部工総鋼重・塔 | 46,200トン |
上部工総鋼重・ケーブル | 57,700トン |
上部工総鋼重・補剛桁 | 89,300トン |
上部工総鋼重・合計 | 193,200トン |
地震の影響と橋の変形
実は、明石海峡大橋は、当初の計画よりも1.1メートル長くなっています。
これは、建設中に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の影響によるものです。
地震発生時には、すでに基礎部分やケーブルの架設が完了しており、橋桁(はしげた)の設置を進めている最中でした。
その際、マグニチュード7.3という強い揺れが襲い、橋の基礎部分が載っている地盤が変形してしまったのです。
変形の詳細
人工衛星による調査では、神戸側の主塔付近が約0.2メートル隆起し、淡路島側は約0.3メートル沈下したことが確認されました。
また、主塔の位置もわずかにずれ、全体としてS字型に変形しました。
主塔間は淡路島側に引っ張られ、0.8メートル伸びた結果、橋全体が1.1メートル長くなりました。
しかし、周囲の断層を徹底的に調査していたため、工事への影響は最小限に抑えられ、橋桁のパネルの長さを調整することで対応できたのでした。
吊(つ)り橋は、柔軟なワイヤーで支えているため、多少の揺れには対応できますが、明石海峡大橋の建設技術は非常に高く、震災の影響を受けても耐えることができました。
ただし、震災直後は多くの職人や機械が復旧作業に動員されたため、橋の建設作業は1か月間停滞しました。
建設の歴史と背景
明石海峡大橋の建設計画は、実は1949年(昭和24年)に遡ります。
神戸市長の原口忠次郎(はらぐちちゅうじろう)氏は、ポートアイランドの開発を進めたことで知られていますが、1957年(昭和32年)には早くも明石海峡の架橋可能性を調査するための予算を組んでいました。
構想から完成までの道のり
明石海峡は潮流が速く、最大で毎秒4.5メートルもあるため、橋を架けるのが難しいとされていました。
しかし、1970年(昭和45年)に本州四国連絡橋公団が設立され、明石海峡大橋と瀬戸大橋の建設が本格的に進められることとなりました。
原口市長は、この事業に尽力したため、一部の人々から「橋口市長」とも呼ばれていました。
オイルショックと建設の中断
ところが、1973年(昭和48年)に発生したオイルショックの影響で、全国の公共事業が縮小され、明石海峡大橋の建設計画も一時中断されます。
その後、1988年(昭和63年)に工事が再開され、10年後の1998年(平成10年)にようやく完成に至りました。
残念ながら、原口市長は1976年(昭和51年)に亡くなり、その完成を見届けることはできませんでしたが、50年越しの夢が実現したのです。
現在の状況と見学情報
2023年(令和5年)現在、神戸側の「橋の科学館」では、作業員用のエレベーターの改修工事中のため、見学ツアーは中止されていましたが、2024年(令和6年)から再開されています。
まとめ
明石海峡大橋は、神戸市と淡路島を結ぶ重要な交通路として、1998年に完成しました。
しかし、その背後には兵庫県南部地震という想定外の試練がありました。
1995年の震災時、すでに基礎が完成していた橋が、マグニチュード7.3の強い揺れによって変形し、全長がなんと1.1メートルも伸びてしまったのです。
この予期せぬ変化は、建設技術の高さと、周囲の断層を徹底的に調査していたおかげで、工事への影響を最小限に抑えることができました。
このように、明石海峡大橋はただの交通インフラにとどまらず、震災を乗り越えた象徴とも言えます。
地震の教訓を活かし、これからも多くの人々を支え続けることでしょう。
明石海峡大橋の背後にある物語を知ることで、訪れる人々はその壮大さだけでなく、歴史の重みも感じることができるのではないでしょうか。
最後までご覧いただきありがとうございました。